イライラして仕方がないとき

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イライラして仕方がないときがある。

たとえば、スマホを見ながらズケズケと歩いている人。

周囲が勝手に避けてくれることを、最初から想定しているような歩き方をしている。

こっちは普通に歩いているだけなのに、なぜこちらだけが避けなければならないのか。

そんなことを考えているうちに、もうイライラしている。

電車でもある。混雑した時間帯の乗降時。

降りる人がまだいるのに、さっと中に入っていく人。

そのせいで、左右の反対側に並んでいる人たちは全然乗れなくなる。

「いや、ちょっと待てば済むことじゃないか」

と思う。

たぶんこういう、「ちょっと待てば済むことを、自分さえよければいいという感じでやる人」に、

私は弱い。

無性にイライラする。

私の沸点が低いだけなのだろうか。

なんだか交通にまつわることが多い気もする。

歩道、駅、電車、エスカレーター。

ところで、私はエスカレーターの右側にも立つ派だ。

歩くなんてもってのほか。

うしろでイライラしているタイパさんには、ちょっと落ち着いてほしいと思っている。

そもそも、左側半分だけ人が乗っていることで、

そこにいる全員の時間が少しずつ無駄に削られているような気がする。

もちろん、右側を空けておけば急いでいる人が歩いて上がれる。

それは分かる。

でも、そのために右側をずっと空けておく必要が本当にあるのか。

……などと考えながら、私は右側に堂々と立っている。

たぶん、これを見てイライラしている人もいる。

つまり私は、「周囲のことを考えない人」にイライラしているくせに、

自分も別の場所では誰かをイライラさせている可能性がある。

まあ、そんなものなのだろう。

自分はルールを全部守れているのか。

そう言われれば、かなり疑問ではある。

自分では普通だと思っていることが、誰かにとっては「なんだこの人」と思うようなことだったりする。

そう考えると、あまり人のことばかり言えない。

それでもイライラするものはイライラする。

そこで、よく聞くのが「イライラしたときは心の中で6秒数えると落ち着く」という方法。

怒りの感情は最初の数秒が強いから、その間をやり過ごす。

たしかに、ふだんならできる。

「まあ、いいか」と思えることもある。

6秒数えているうちに、少し落ち着くこともある。

ただ、問題は、

その6秒を数えようと思えるときは、そもそもそこまでイライラしていないということだ。

本当にイライラしているときは、「1、2、3……」と数える余裕がない。

そんなことをしている場合ではないのだ。

だから6秒数えればいい、という話は分かる。

分かるけど、

それができなくなるのがイライラなんだよ。

と思ってしまう。

結局、イライラしているときに必要なのは、正しい対処法を知っていることよりも、

それを実行できる程度には冷静でいることなのかもしれない。

そして、それが一番難しい。

今日もたぶん、誰かにイライラする。

その人にも、その人なりの事情があるのかもしれない。

私にも、私なりの事情がある。

まあ、それはそれとして。

せめて電車から降りる人くらいは、先に降ろしてほしい。

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